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仙遊寺(せんゆうじ)
天智天皇の勅願によって大守越智守興がお堂を建てた。本尊は、千手観世音菩薩。なんと、海から上がってきた竜女が一刀三礼して彫った千手観音菩薩だそうです。40年間、寺を整備した阿坊仙人という僧が住んでいたが、養老2(718年)に突然姿を消してしまったことが寺名の由来。
弘法大師が訪れて修法を行った折には、寺を復興し井戸を掘った。
旧参道の脇に残り、「お加持の井戸」として多くの諸病を救ったらしいです。
明治初期の山主(宥蓮上人)は日本最後の即身成仏として入定している。境内には、上人を供養した五輪塔がある。
犬塚池があります。文化4年(1807)の溜池で、仙遊寺と栄福寺の使い役をした犬の供養池。
伝説の竜女は海に帰った。しかし、旧暦7月9日になると毎年川を上って
竜燈を境内の桜の木にかけたらしい。その桜の跡に立っている石碑があります。(竜燈桜碑)
本尊真言・おん ばさら たらま きりく
御詠歌・立ち寄りて 佐礼の堂に 休みつつ 六字を唱え 経を読むべし
国分寺(こくぶんじ)
聖武天皇の勅願により行基が開創し、その後弘法大師が長期にわたって逗留し五大明王像を残した。
長宗我部元親で焼失、再興の歴史がある。また、源平合戦など4度も焼失。四國禮霊場記には「茅葺の小堂が寂しく建つのみ」と書かれている。本格的な復興は江戸時代後期。
かつての国分寺東塔跡が、寺の近くに塔の礎石が残っている。見逃しやすいので興味のある方は注意。
古瓦・国分寺文書・大般若経・など数多い文化財が保存されている。
伝行基菩薩作の本尊・薬師如来像は県指定文化財。
本尊真言・おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
御詠歌・守護のため 建ててあがむる 国分寺 いよいよ恵む 薬師なりけり
横峰寺(よこみねじ)
石鎚山頂(西日本の最高峰)で修行(役行者)をしていたところ蔵王権現が現れ、その姿を石楠花の木に刻んで堂に安置。その後行基が天平年間(729年 - 748年)に、弘法大師が大同年間(806年 - 810年)に入山した際に大日如来を刻み本尊とした。延暦年間(782-806)には石仙仙人という行者が住んでいた。桓武天皇の脳病平癒を成就したことから、仙人は菩薩の称号を賜ったらしい。
四国霊場の高地トップ3のうち3番目。
四国霊場3番目の関所です。
駐車場から歩くのですが、少しキツイです。昔は、大変な遍路ころがしでした。また、駐車場からの景色は絶景でした。
弘法大師が厄除けの星供養をした「星が森」があります。星が森は、蔵王権現が現れたとされる所です。しかし、お寺から5〜600メートル位離れています。奥の院となっています。納経帳の奥の仁王門より進みます。
本尊真言・おん あびらうんけん ばざらだどばん
御詠歌・縦横に 峰や山辺に 寺建てて あまねく人を 救うものかな